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2006.03.18

悲しみの訳(今日は長文です)

長文につき、読みにくい文章だったらごめんなさい。
先日、今、心が痛いと書いたが、今日はその訳を書こうと思う。

今、人との別れが悲しい。

私の祖父が正月明けから入院している。
先月のスキーの帰りにもお見舞いに行ってきたのは書いたが、その後もお見舞いに行っている。
札幌から2時間かかるのでそう毎週は行けないのだが、行く度に弱っていく祖父の姿が悲しい。

もう歳だし、延命を望まないのが親族みんなの希望なので、特にこれといった治療もしていない。
それでも病院に行くたびに、祖父の周りに機械が増えていく。

大部屋から個室へ移され、付けられた心電図のモニターもいつしかSR(正常洞調律=整脈)からAf(心房細動=不整脈)に変わり、鼠径(太股の付け根)からIVH(中心静脈栄養のためのカテーテル)が入れられ、その割に点滴のカロリーもどう考えても足りないし、Afなのに、抗凝固療法なども行っていない。

しかし、それを行ったところで、どれだけ回復するのか、カロリーをアップすることがじいちゃんにとってそれが効果があることなのか、それも分かるだけにそれを望めもしない。
たぶん、苦しめる時間を長くするだけなのだろう事が分かっているから。

私には今の祖父の状況が分かるのに、何も救いようのない、この無力感がたまらない。
職場でたくさん同じような患者さんを看ている。
だからその予後が私には想像が出来るだけに、悲しくてたまらない。
でも、職場で関わる他の患者さんと違って、自分のじいちゃんには自分の受け持つ患者さんと同じ気持ちでは接することが出来なかった。どうにかして助かって欲しい、元気になって欲しい、そのためだったら私は何でも出来そうな気さえした。
こんな私が看護師として働くのは失格なのだろうか。


じいちゃんは私のルーツだ。
一緒に住んでいる訳ではなかったけれど、じいちゃんの青い目と白い肌はどこか異国の人のようで、それは母親にも受け継がれている。
残念ながら私は父親似なので、青い目も白い肌もほとんど受け継いでいないけれど、じいちゃんの家に遊びに行くと、いつも「チカや、ちゃんと勉強するんだぞ、ちゃんと仕事するんだぞ」と言っていつも私にいろんな事を話してくれた。


親戚は私にいろいろと今のじいちゃんの状況の説明を求める。
私はどう説明したらいいのか分からない。今の状況でいいことは何も言えないし、良くするための方法もはっきり言ってないのだから。

地方の病院で治療を受けているために、私の働いている職場に比べると、失礼だが、いろんな設備が足りない気がする。
しかし、たとえ自分の働いている病院へ連れてきたとしても、それがじいちゃんの命をどれだけ延ばせるのだろう。

私にはもうどうしようもないのだ。
面会に行っても、じいちゃんの手を握って、時々髭を剃って、口呼吸で乾いた口腔内をスポンジで湿らせることくらいしか出来ないのだ。
とても、悲しい。

そんな無力な私なのに、会いに行くと、じいちゃんはすごく笑ってくれた。
「こんなにいい笑顔は久しぶりだね」と担当の看護師さんは言ってくれた。
私のことなんか見えているかも分からないような状態なのに。

もう次はないかもしれないのに
「また、来るからね」
といったら、じいちゃんは顔をくしゃくしゃにしてニカっと笑った。
もうほとんど話も出来ない状態なのに。

あの笑顔を思い出すと、いくらこらえても涙が止まらない。
人の死に対しては、自分はとても無力なのだということを突きつけられている。
私は何のためにこの仕事をしているんだろう。

職場では患者さんが亡くなった時、無力感を医師とともに感じているのだが、人間とは、死は免れない生き物なのだ。必ず人は死ぬのだ。
だとしたら、私達は日々何と闘っているのか。仕事に意味はあるのだろうか。
冷静に考えれば、いろいろと自分の仕事の意味は見いだせる。
だけど、それはこじつけのやりがいなのだろうか。


そう遠くはないであろう、じいちゃんとの別れが、今、悲しくて仕方がない。
そんな訳で、こころの鎮痛剤があるのなら、私は欲しい。


ここまでは、旅行の前に下書きしていた文章。
今週の初め、じいちゃんが亡くなった。
「また、来るからね」と言った私の言葉は結局嘘になってしまった。
じいちゃんのあのときの最期の笑顔がまぶたに浮かぶ。

今週は職場のみんなの協力を頂いて、1日休暇を取ることが出来て公休も合わせて、じいちゃんの通夜と告別式に行って来ることが出来た。

やはり想像以上の悲しい別れだった。
涙が止まらなかった。じいちゃんの冷たくガリガリに小さくなった遺体と、元気な頃の遺影があまりにも違いすぎて見ているのも辛くて、あまり祭壇を見ることが出来なかった。
孫の中では私が一番上だったこともあって、何かと気遣いや仕事も多かったのだが、その忙しさが却って悲しみを和らげさせてくれた。
全てを終えて、昨日の夜遅くに自宅に帰ってきた。

亡くなる前日、私の部屋でコトコトとたくさん物音がしていた。
部屋の棚が突然跳ねたりもしたのだ。その時に何かしらの予感はあった。
私の実家でも亡くなった当日、玄関がかなりの物音を立てていたという。
どっちもきっと、じいちゃんが挨拶しに来たんだと思っている。

また、こんな事もあった。
全てを終えて、帰り道の昨日の夕方、私の疲労はピークでかなりの眠気に襲われながら、ひとり車を運転して帰路に付いていた。
youtei_winter運転しながら眠りそうになっていたその時、目の前にいきなり羊蹄山が現れた。
それまで、ずっと麓まですっぽり雲に隠れていたのに。
突然、一気に雲が晴れて、唐突に夕日に照らされた山が現れた。
あまりに素晴らしいその山の姿に、不思議だが、一気に眠気が覚めてしまった。
きっと、じいちゃんが眠るなよ、と山を見せてくれたんだと思っている。
それから札幌までは全く眠くならずに運転してくることが出来た。

いろいろと慌ただしい日々だった。
これから、思い返せばいろんな事が思い出されて、また悲しくなるに違いない。
悲しみを分け合える親戚達もここにはいないし。
でも、この悲しみを乗り越えることが生きている者のつとめだし、静かにじいちゃんの冥福を祈りたいと思う。

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Comments

愛する人を失うのは、とても悲しいことですね
おじい様は、今頃きっと天国にたどり着いて
痛みも苦しみもないところで安らかな時を過ごしているはずです

Posted by: tisane | 2006.03.31 at 01:49

tisaneさん
コメントありがとうございます。
今はやっと悲しみも和らぎ、先日は祖父の荷物の整理なども母や祖母とともに行ってきました。

来月四九日で納骨して一段落です。
通夜や葬式には会場に入りきれないほどの本当にたくさんの人が来てくれて、あらためて祖父がみんなに慕われていたんだなぁと感じられました。

Posted by: チカ | 2006.04.08 at 11:09

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